3月4日 復活節第3主日のミサ説教で國本神父様が引用なさった【主の祈り】をご紹介します。
これは、南アメリカにあるウルグアイの小教区の聖堂の壁に書いてあり、共感を覚えた観光客によって、世界中に広まったそうです。
「天におられる」と言うな。 世俗なことだけにはまっているのではないのか。
「私たち」と言うな。 自分のことばかり考えながら生きているのではないのか。
「父よ」と言うな。 子どもらしく生きていないのではないか。
「み名が聖とされますように」と言うな。 自分の名を輝かすために全てをかけているのではないのか。
「み国が来ますように」と言うな。 物質万能の国を望んでいるのではないのか。
「み心が天に行われるとおり地にも行われますように」と言うな。 自分の思いどおりになるように祈っているのではないのか。
「私たちの日ごとの糧を今日もお与えください」と言うな。 貧しい人々に知らないふりをしているのではないのか。
「私たちが人を赦したように、私たちの罪をお赦しください」と言うな。 誰かにまだ恨みを抱いているのではないのか。
「私たちを誘惑におちいらせず」と言うな。 罪を犯す機会を探し回っているのではないのか。
「悪からお救いください」と言うな。 悪を見ても、何の良心の声も聞こうとしていないのではないか。
直訳すると【~していないく・せ・に!】と、もっと強い表現になるそうです。
皮肉たっぷりで少しコミカルにも感じますが、ドキッとさせられませんか?
内省を手助けしてくれる呼びかけですね。
これを書いた方も、きっと天のお父様のことが大好きなのでしょうね。
「みんな!ちゃんとお祈りの通りに生きて、天のお父様を喜ばせようよ!」と
聞こえてきそうですね。
※壁画の画像を探しましたがみつかりませんでした。この画像は、英語版の主の祈りです。
